2008年10月08日

中村あゆみ(なかむら あゆみ)さん ヴォーカリスト [Part.3]

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プロフィール
1984年、アルバム『Midnight Kids』でデビュー。翌年、『翼の折れたエンジェル』が大ヒット。リリースしたアルバム11枚が、オリコンチャートに連続トップテン入りした。一時期、結婚・出産を機に活動を休止。2004年、加山雄三氏のイベント出演をきっかけに、活動を再開。復帰後は、新曲を含めたセルフカヴァー・アルバム、『rocks』、オリジナル・アルバム。『YES』、『グレープフルーツムーン』を発表。そして2008年7月、初のカヴァー・アルバム、『VOICE』を発表した。このなかで、コブクロ、福山雅治、浜田省吾、佐野元春、沢田研二、GLAYなど、男性アーティストの曲を取り上げているが、なかでも尾崎豊の『シェリー』は聴く者の魂を揺さぶる力を持つ一曲となっている。

中村あゆみ Official Web Site
http://www.ayumi-nakamura.com/

 今週は、いよいよ中村あゆみさんのロングインタビューの最終回である。
 先週は、いったん音楽業界から離れて暮らし、ふたたび歌を唄うことを決意されたところまで伺った。最終回となる今回は、本格的に復帰されてからの話をうかがいたいと思う。



「娘の寝顔を見ているときれい事なんて言ってられない」

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『Yes』

●復帰された2004年に、新曲を加えたセルフカヴァー・アルバム『rocks』を発表されました。ぼくはこのアルバムが好きで、よく聴かせていただいていたんですね。ところが、翌2005年に発表された『YES』。そして、2006年に発表された『グレープフルーツムーン』を聴いて驚きました。『rocks』はとても好きなアルバムですが、それ以上にあとの2枚のアルバムは、覚悟がまったく違います。

「この『YES』というアルバムは、第二弾『INNOCENT TEARS』のようなものなんですよ。このアルバムは、ミュージシャンとしてダメになったり、夫婦のこととか、いろいろな経験をしたことをぶつけたのが、この『YES』というアルバムなんです。そして、私を救ってくれたのも、この『YES』というアルバムだったと思う。
 このときから、生きる原動力としての武器。それが娘で、彼女の寝顔を見ているときれい事なんか言ってられない、食べていかなきゃいけない。この子を食べさせていかなきゃいけない。だから仕事なんか選んでいられないわけですよ。それで、もう一度みんなに私の歌を聴いてもらえてアルバムを買ってもらえるところはといったら、ショッピングモールしかないと。『行くぞー!』みたいな(笑)。
 その頃、鎌田ジョージは福山雅治さんと仕事をしていて、『体育館クラスしかやってないところ、悪いんだけどさぁ』、みたいな(笑)。それで、ジョージと弾き語りで一緒にショッピングモールで唄いはじめたんです。そのとき、私はどこへ行っても魂を込めて唄っていたと思う。
 鎌田ジョージはお金では動かないし。彼は本気の奴としかやらないから。私も、ジョージとまわるアコースティック・ライヴがなかったら、ヴォーカリストとして成長していなかったと思います」

「運も奇跡も起こすもの」

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『グレープフレーツムーン』

●鍛えられました?

「鍛えられた。下着一枚で唄うようなものだから。歌とギター1本しかないじゃないですか。全部出るじゃないですか。
 でも10年間休んでいたことも、いまとなっては最高に強運に変わったよね。変わってきてるよね。運も奇跡も、起こすものだから。待っていても来ないの。奇跡は、必ず計画するものだから。その人が立ち上がろうと思ったとき、そこがスタートだから。
 今回、復帰してから4年かかった。この4年間はすごく辛かったし厳しかった。このスタートラインにたどり着くまでは本当に辛かった。何度も投げ出したくなったし、『もう無理だ』と思ったこともあったけど、続けてきて本当によかったと思う」

●『YES』と『グレープフルーツムーン』は、本当にいいアルバムですよ。

「タイトル曲の『グレープフルーツムーン』は、本当に空から降ってきたもん。よくアーティストが『降ってくる』っていうけど、はじめて『このことなんだ!』って思った(笑)」

●それまでそういう経験は、ほぼなかった。

「ない。正直に言う。ない。ただ、必死だった。必死さだけ。それがあのとき、はじめて『降ってくる』というのを経験したんですよ」

●それで今回のアルバム『VOICE』はSonyから発売されたんですが、音楽業界的には、あゆみさんクラスに対する風当たりは厳しくなかったですか?

「風当たりが厳しければ、それだけ波が立つっていうことでしょ?」

●はははっ!(笑)。

「たぶん、私は考え方のポジションが違うみたいなんですよ。そこに風を吹かすことができたら、というよりも、風を吹かすことができることしか考えていない。R35から、アラフォー世代。その人たちがこの『VOICE』を聴いてくれたら、涙が出てくるような瞬間があるはずだから。
 アレンジも料理をつくるみたいに神経質にやりましたよ(笑)。その時代に聴いていた人たちの青春がほどよく出ていて、同時に、いまの彼らの立ち位置もふっと出てきて。そんな、いい感じで青春が出てくるようなアルバムになっていると思うんです」

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「今後はガンズのカヴァーを(笑)」

●ひょっとして、来年はデビュー25周年ですか。

「そうです。でも私は10年休んでいるから、15周年」

●はははっ! いやいや(笑)。

「スタッフにそう言ったら、「そんなんじゃない」って言われたけど、でも私は15周年なんですよ、基本的には」

●なにか計画はありますか?

「いまのところ、なにもないですね。だって15周年だから(笑)」

●これから、『シェリー』はあゆみさんの歌になりすよ。

「ねっ。……私ね、沢田研二のカヴァー・アルバムもつくりたいんですよ」

●はははっ! それはそれで楽しそう(笑)。

「……尾崎の歌は、今後もあるかもね」

●はい。

「でも私は、『YES』と『グレープフルーツムーン』をわかっていただけて、とも嬉しいです」

●ものすごく好きですね。

「今後は、ガンズ・アンド・ローゼズのカヴァーをしようかという話もあるし」

●ワケわかんないし(笑)。

「(笑)。でもとりあえず、ここ何年かは、ヴォーカリストの位置をきちんと確立していきたいと思っているんです」

●それは、ひとつには徳永英明さんが頭にはありました?

「うん、参考のひとつとしては非常にいい。だけど、自分はこうだなというものも、逆に見えたので。ただ、いいお手本ではありましたよね。アレンジの考え方はまったく違うけど。あれはたぶん、彼だからできたことだと思います」

●なんにしても、あゆみさんだけですよ。こういう選曲をする人は。

「(笑)」

●誰もいないです。

「誰もいないでしょ? 根性あるよねって感じですよね(笑)。『信じられない』って言われるもん(笑)」

●それこそ、「文句ある?」みたいな(笑)。

「そうそう(笑)」

●でもいい味が出ていますね。

「ありがとうございます。来年は15周年だし(笑)」

●25周年です(笑)。なにかしましょうよ。

「15周年です(笑)」

●休んでいたとおっしゃいますが、厳密にはちょこちょこ活動されていらっしゃったので、両足べったりと客席についていたわけではないんです。だからデビュー25周年です。

「(となりにいたマネージャーに)言われちゃったよ(笑)」

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「輝いているお母さんがいいはず」

●(笑)。最後にひとつ聞かせてください。中村あゆみという女性は、シングルマザーの人だけでなく、多くの女性にとって力強い存在に映ると思うんです。「あゆみちゃんががんばっているから、私もがんばろう」って。たぶん、それは意識されながら生きていらっしゃると思うんです。

「意識しています」

●ですよね。

「うん。シングルマザーだとか、両親が揃っていると言うことではなくて、ひとつの生命を預かるということは大変なことだと実感しているわけですよ。愛情をすべて注いでいるうちに、自分が輝きを失っていきそうな気配が、マジックにかかったようになるときがあるんですよ。
 だけど、それだとあんまりでしょ。自分の人生もあるんだと。女性としての部分もきちっと持っていたほうがいいし。それは、子供のためにもね。どっちがいいかと言ったら、輝いていてきれいやお母さんがいいに決まっているから。『あんたのために』もいいんだけど、それによって締め付けられるのも、子供も困る。
 母である前に女性。女性である前に人。その三分割を捨てずに昇っていきたいですよね。だから、子供を小脇に抱えてがんばっている私を見て、『私ももうちょっとがんばってみよう』と思ってもらえるのは、すごく嬉しいですよね」

●やっぱり、中村あゆみさんのキーワードのひとつは、「生き抜く」という言葉だと思うんです。そのことを、『YES』と『グレープフルーツムーン』、そして今回の『VOICE』。この3枚ですごく感じています。

「やっぱり、『生きる』ということが、私の永遠のテーマだと思う。尾崎もそうだったんですよね。ふたりを結びつけるキーワードがあるとすれば、そこかも知れない。彼もレジスタンスや反骨精神がすごくあったし。『生きる』ことに対して、いつも試行錯誤しながら、真正面から取り組んでいたし。
 私は女性だから実践していかないといけないんですよ。『こうよ!』みたいな(笑)。そこの生命力の違いみたいなものはあったのかも知れない。私の場合は、より逞しく、より強く生きていかなければいけない。そうやって生きていこうと思っているしね。実際、そうなってきているし(笑)」

●本当は、くじけそうなこともいっぱいあるのに。

「でもね、ちょっとやそっとのことでは、たぶんくじけなくなってるな(笑)」

●タフにならざるを得なかった。

「ていうか、若いときは、『幸せってなんだろう』『幸せになりたい』だったでしょ? でもいまは、この、いまある幸せをどうやって増幅させるか、ということの、マジックを勝ち取っているよね。たぶん、私は。得ていると思う。
 たとえば、10代や20代のときには夢があって、そこに向かって突進していくわけじゃない? それで掴んだら、『ああ、こんなものなのか』っていう。でもそのプロセスは重要で大切なんだけど。
 だけど、いまはただ単に突進していくんじゃなくて、いま持っているものを増幅させながら、さらなる目標に向かえるんですよ。武器として、膨らませ方が変わってきている。肌の張りがなくても(笑)。たとえば、肌の張りがなくても、いただこうとするものは落としていく、みたいな(笑)。……言っておきますけど、これはたとえ話だからね(笑)。下世話な言い方になってしまうけど、もっと日常的なことも含めて、回路をちゃんと操作できるようになっていると思うの。
 『これが手に入らなくて悲しい』ではなくて、『この場合は、いまは待て、ということかな』みたいな。そういう気持ちの余裕も含めてね」

●ものの考え方ですよね。

「うん。『いまは待てと言うことかな』と思ったときに、『あんな場所に花が咲いている』って気がつくような。そういうことですよね。10代や20代のときは、すごいスピードで走っているから、花が咲いていることに気がつかないんですよ。でもいまは一日一日が大切だから、一生懸命生きる、その中身が違うのかも知れないですね。だから道ばたに咲いている小さな花に気がつくんだと思うんです」

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 幼少の頃は、大人に教えられてはじめて道ばたの花に気づく。大人が教えてくれなくなると、いつしか足元に咲いている花に気づかなくなる。それがあるときの境に、また気づく瞬間がある。それは、心がふっとそよ風にそよいでいるような、そんなときだ。
 久しぶりにお会いした中村あゆみさんは、ここに辿り着くまでいろいろあったにせよ、ひたむきさや一生懸命話そうとしてくれる姿勢は、デビューした頃と変わっていない。相変わらず彼女の笑顔は素敵だし、髪をかきあげる仕草も魅惑的だった。
 なにより、「いい歌を魂込めて唄う」気持ちの持ち方に好感がもてるし、彼女の音楽を聴いた印象は、感動的ですらある。車を運転しながら聴いていると、こみ上げるものがあって運転に支障をきたすようなことがあるほどだ。
 そして彼女の生き様は、いま、1本の道しるべになろうとしている。

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『VOICE』
posted by suemi at 02:00| Comment(0) | 中村あゆみさん
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